解説:難民キャンプとは ―歴史・問題点

こんにちは。

今日は私も働いてきた難民キャンプについて、その歴史、代表的な例、そしてキャンプが持つ問題点などについて解説したいと思います!

難民キャンプってそもそも何?

難民の歴史、難民キャンプの歴史を語るには、人類の歴史を語る必要があります。

戦乱により故郷を奪われた人々は別の地域に逃げ、または戦乱が起きている近くに避難しそこでキャンプを張り、争いが終わるのを待ちました。

しかし難民(自分の国の外に逃れる人々)という概念が生まれるためには、国民国家いう概念が必要になります。

つまり今日のいわゆる難民、そして彼らが暮らす難民キャンプというものは、国民国家が生まれた18世紀後半頃から存在していたと言えます。

第一次大戦、第二次大戦と多くの人々がヨーロッパから避難した際も、受入国(主に中東の国)が大国の支援のもと難民キャンプを設立しました。

こちらのワシントンポストの記事では、第二次大戦中にシリアやパレスチナに避難したヨーロッパの難民の避難生活の様子が写真で見ることができます。

公式なものは1980年代から

しかし今日のいわゆる国境地帯に建てられ、国連の支援のもと運営される難民キャンプというものができ始めたのは、1980年代と意外と最近のことです。

1950年代からアフリカで始まった植民地解放戦争の中、タンザニアやザンビアといった国々では強権的な政府が生まれました。

これらの国は「汎アフリカ主義」のもと、周辺国からの難民を積極的に受け入れていました。

しかし1980年代より、国際通貨基金(IMF)世界銀行が「経済の自由化」の名のもと、経済援助の代わりに構造改革を求めるようになると、アフリカの新興国では経済状態が悪化します。

そこで都市部で難民を受け入れる余裕のなくなった国々が、国境地帯にキャンプを建設し、国連が支援するというシステムが生まれたのです。

難民キャンプの持つグローバルな構造

この難民キャンプというシステムは、先進国にとっても「都合のよいシステム」でした。

1951年に締結された難民条約の前文に書かれている「難民問題解決のための国際的協力」を満たすために、先進国は難民の受け入れという方法ではなく、受け入れた国を支援するという方法をとりやすくなったのです。

そしてこれはまた、難民支援を目的とする国連組織、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)にとってもぴったりでした。

もともとは冷戦状態の中、主に共産主義圏からの難民を支援していたUNHCRでしたが、冷戦の終結とともにその存在意義が問われていました。

しかしそこで難民キャンプという支援が必要と「分かりやすい」ものができたことで、そこで働くスタッフの数を増やし、予算を組むことができるようになったのです。

代表的な難民キャンプ

ここからはいくつか、世界的にも有名な難民キャンプをご紹介します。

どれも2018年現在で人口数ベスト10に入っているものです。(データはRaptim Humanitarian Travelのサイトから)

ザータリ難民キャンプ

  • 国:ヨルダン
  • 人口:約8万人
  • 開設年:2011年

私も働いていたザータリ難民キャンプは2018年現在、開設から6年を迎えました。

住民はシリア人のみで、シリア国境から南に5kmほどの所に位置し、キャンプから出ればシリアの山々まで目視できます。

ダダーブ難民キャンプ

  • 国:ケニア
  • 人口:約23万5,000人
  • 開設年:1991年

1990年代初めに勃発したソマリア内戦の影響で避難したソマリア難民が住むダダーブ難民キャンプは、ケニアの東部に位置している難民キャンプです。

敷地内には5つのキャンプ施設が存在し、その総称をダダーブキャンプと呼びます。

2011年にはソマリアで発生した飢饉の影響で、一時期は数がさらに増加しましたが、現在はソマリア国内の安定化が徐々に進んだことで、帰還事業も始まっています。

カクマ難民キャンプ

  • 国:ケニア
  • 人口:約18万人
  • 開設年:1992年

ダダーブ難民キャンプと同時期に開設されたカクマ難民キャンプは、ケニアの北部に位置しています。

ただしダダーブキャンプとは異なり、カクマ難民キャンプでは南スーダン、エチオピア、ソマリア、ブルンジ、コンゴ民主共和国、エリトリア、ウガンダと、他国籍の難民が暮らしています。

ここでは2018の夏、世界初の難民キャンプでTEDトークが開かれたことでも話題になりました。(TED×KakumaCamp

ビディビディ難民居住区

  • 国:ウガンダ
  • 人口:約28万5,000人
  • 開設年:2013年

ウガンダ北部に位置するビディビディ難民居住区は、2013年に勃発した南スーダン内戦の結果生まれた南スーダン難民を多数受け入れている、比較的新しい難民キャンプです。

ただしウガンダは合計約200万人の南スーダン難民を受け入れており、キャンプに暮らしている人々はその一部、と言えます。

2018年9月に南スーダン政府軍と反政府軍の間で停戦協定が結ばれましたが、まだ南スーダンの安定化、そして難民の帰還からは程遠いと見られています。

ジャバリア難民キャンプ

  • 国:パレスチナ(ガザ)
  • 人口:約12万人
  • 開設年:1948年

イスラエルの占領により故郷を奪われるパレスチナ難民

イスラエルにより封鎖されているパレスチナ自治区ガザ北部にあるこのキャンプは、開設された1948年当時は35,000人が暮らしていましたが、今では1.4㎢の中に12万人近くが暮らしています。

電力の供給が安定しないことや、高い失業率が問題となっています。

難民キャンプはよいもの?悪いもの?

ここまで難民キャンプができた背景や、その代表的なものをいくつかご紹介しました。

ここで疑問になるのは、そもそも難民キャンプとはよいものなのか、悪いものなのか、ということでしょう。

ここからは難民キャンプのメリット、デメリットについて解説します。

難民キャンプの便利な点

初めに、難民キャンプの持つメリットとは何でしょうか。

難民キャンプが作られるようになった背景のところでも少し説明しましたが、ここでは2つにまとめてご紹介します。

「管理」という視点

一つ目は、受入国が難民を管理できる点です。

これは、アフリカ諸国がはじめ難民キャンプを作る動機となった点ですが、「自分たちは場所を提供するから、支援は国連組織にお任せする」といった考えが背景にあります。

また、過激派組織などによるテロの危険がある国では、難民の中に隠れているかもしれないメンバーを特定しやすくなります。

実際に私の働いていたザータリ難民キャンプでも、難民の中にヨルダンの秘密警察が何人か一緒に暮らしている、と聞きました。

支援が行き届きやすい

二つ目は、キャンプという密集した環境のため、支援が短時間で届けられるという点です。

私の働いていたザータリ難民キャンプでも実際に現在、基本的な食糧や物資の支援が安定するようになってからは、電力であったり、教育といった別のニーズに集中できるようになりました。

逆にヨルダンの都市部に住む難民は、最初は資金があったものの、それが尽き始めた現在はとても苦しい生活をしている家庭が多いです。

都市部にバラバラに暮らしていると支援が行き届きにくいというデメリットが存在します。

難民キャンプの問題点

次に私が考える難民キャンプのもつ問題点を3つご紹介します。

移動の制限

一つは「管理」という点を難民の視点から見た場合、出入りが制限されている点です。

国によってや、すでに建設されてから何年も経っているようなキャンプでは徐々に制限が解除されていく傾向がありますが、それでも出入りには許可証がいつも必要で、私が働いていたザータリ難民キャンプでも、それを発行している事務所はいつも人でごった返していました。

また、ザータリ難民キャンプのあるヨルダンでは、もしシリア難民が許可証を持たずに外に出た場合、逮捕されれば最悪の場合シリアに強制送還されるということもあります。

この一種「開放的な刑務所」というのが難民キャンプの持つ問題点の一つです。

閉鎖的なコミュニティ

私の考える二つめの問題点は、コミュニティがとても閉鎖的になることです。

これは共助関係を作るという意味ではプラスに働くこともありますが、例えばコミュニティ内で別の宗教を信仰をしていても言えない。すぐに情報が広まる環境のため悩みなどを話せない、といった緊張関係を生みやすい環境が難民キャンプにはあります。

可能性を制限する

最後は、移動が制限され、コミュニティが閉鎖的になる結果として、世界が狭くなるといった弊害です。

これは主に子どもたちに言えることですが、キャンプの大人たちしか知らずに育つ彼らは、将来なりたい職業もキャンプの中で存在する職業しか言えない、夢が描けない、という結果を生みます。

帰還した際に復興を担うかもしれない世代がとても狭い世界で育つ。長期的な視点で見た際の問題点がここに存在します。

“Alternative to Camps(キャンプの代替案)” という考え方

難民キャンプというものが難民支援のテンプレートとなってからもうすぐ40年。

Alternative to Camps(キャンプの代替案)という考え方が最近議論されるようになりました。

今日まで、難民キャンプへの代替案として様々な形が提唱されましたが、ここではUNHCRが紹介する形をご紹介して、記事を終えようと思います。

UNHCR、キャンプという居住形態は維持したままホストコミュニティとの交流を促進することを理想に掲げています。

具体的には、

  • 国連の支援と引き換えに、難民の地域コミュニティのサービスへのアクセスを認める
  • 難民も地域コミュニティに対してスキルや技術を提供し、発展に寄与する

つまりは、難民と受け入れているコミュニティ、両者にとってウィンウィンの関係を作る、というアイデアがAlternative to Campsの理想にあります。

最後に…

今日は難民キャンプについて、そのできた背景や代表例、私自身が実際に働いて感じた良い点、問題点などをご紹介しました。

難民キャンプというものは「人を管理する」という考えの下では機能する施設ですが、その中に暮らす難民の人権が守られているか、と聞かれれば、はてなマークが私にも浮かびます。

Alternative to Campsという考えも活発に議論されるようになり、受入国そして難民の両者にとって理想的な解決策が出てくることを今後期待します。

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