難民について学びたい人必見!- TEDトーク×難民6選

2015年、ヨーロッパに中東やアフリカからたくさんの人が押し寄せたことで注目された「難民」という言葉。

今日は、この難民について学ぶために、私がほぼ毎日視聴しているTEDトークから6作品を紹介したいと思います!

TEDトークってそもそも何?

TEDは、1984年に創設された民間公益団体で、それぞれの頭文字は、T(テクノロジー)、E(エデュケーション)、D(デザイン)を表わしています。

30年以上経った今日でも著名人や世界で活躍する人たちの講演を配信し続け、今日ではあらゆる分野のトークを100以上の言語で配信しています。

TEDの最大の特徴は、全ての動画を無料で視聴できること、と言えるでしょう。

私も、高校時代からTEDトークには英語の勉強がてらたくさんお世話になってきました。

TED×難民6選

ここからは私の独断と偏見で、難民について学びたい人向けのTEDトークを6つ紹介していこうと思います!

なぜ「6選」かというと、単純にいくら悩んでも5つに絞れなかったというだけの理由です(笑)

ちなみに最初のトークを除いて、全て日本語字幕付きで見られますので、動画を開いたら右下の吹き出しマークをクリックしてください!

それではどうぞ!

どのようにして、私は難民から国際的なファッションモデルになったか -ハリーマ・アデン

最初は2018年6月、世界で初めて難民キャンプで開かれたTEDトークからです。

ハリーマ・アデンさんは子どもの頃、内戦の続くソマリアから難民として、隣国ケニアのカクマ難民キャンプへと避難しました。

そこで数年を過ごした後、7歳の時、第三国定住制度をを使い家族でアメリカに移住。

その後、ファッションモデルとしてデビューした彼女は、ヒジャブを被った初めての女性としてミス・ミネソタコンテストに出場。

ミラノやニューヨークのランウェイを歩き、2018年3月、世界的なファッション雑誌であるVogueの表紙を飾りました。

そんな彼女が、難民キャンプでの生活、そこからアメリカに移住し世界的なファッションモデルになるまでの半生を語ります。

317日に渡る人質生活を送って -ヴィンセント・クシュテル

次は難民から、支援者側の経験を語ったトークです。

現在、UNHCR(国連高等難民弁護官事務所)の特使として中央地中海の難民保護を担当しているヴィンセント・クシュテル。

1998年、チェチェン共和国のUNHCR事務所で働いていた彼は、武装組織に誘拐され、地下の独房で317日間人質として過ごしました。

そこでの生活、そして2000年以降、人道支援活動への攻撃は3倍に増えていることにも彼は警鐘を鳴らしています。

人道支援に携わる人のいつも隣にある危険。それを絞り出すように、しかし力強く語る彼の言葉には重みを感じました。

難民を憐れむのではなく、人として信じましょう -ルマ・ムフレ

次は受入社会側の人間の話です。

シリア系ヨルダン人としてアメリカに移住した、ルマ・ムフレさん。

彼女はアメリカで初となる、正式認可を受けた難民のための学校を設立しました。

そこでの子どもたちの強さが伝わる物語、そして紛争から逃れた人が新天地で新しい生活を始める上での難しさを語っています。

私はあまり泣くことはないのですが、彼女のトークには大いに心を動かされました。

崩壊しゆく難民制度を建て直そう -アレクサンダー・ベッツ

次は、難民研究者のトークです。

100万人以上の難民がヨーロッパに押し寄せた2015年。ヨーロッパの対応は哀れなほど後手後手に回りました。

その状況をみた、世界最高峰の難民研究所であるオックスフォード大学難民研究所の所長を務めるアレクサンダー・ベッツは、この崩壊した難民保護制度を建て直すための4つの方法を提案します。

私も彼の本はいくつも読んでいるので、このトークを聞いてすごくワクワクしました。難民制度について勉強したい方、ぜひご覧ください!

500人の難民を乗せた船が沈没した―2人の生存者の物語 -メリッサ・フレミング

2015年、3,771人がヨーロッパを目指し地中海で亡くなりました。

UNHCRの報道官であるメリッサ・フレミングは、500人の中で11人しか生き残らなかったある事故を取り上げ、数字に命を吹き込みます。

婚約者を亡くしながらも、子どもの命を救った19歳のドーアさん。

「この悲劇は避けられなかったのか」

たくさんの死者が報道される今日、私たちが忘れている当たり前を、メリッサ・フレミングは思い出させてくれます。

北朝鮮からの脱出 -イ・ヒョンソ

最後は、日本人にもなじみのある脱北者の方のお話です。

祖国である北朝鮮、そして金一族を心から尊敬していたというイ・ヒョンソさん。

7歳の時に初めて公開処刑を目撃しましたが、それも日常だと思っていました。

しかし1995年、北朝鮮で発生していた大飢饉の影響で親戚が餓死すると状況が一変しました。

家族はイ・ヒョンソさんを中国の遠戚のもとに避難させ、彼女は最終的に韓国にたどり着きました。

そして、そこから北朝鮮に残った家族も脱北させようとしましたが・・・

「誇るべき祖国がある日消える」

壮絶な体験を赤裸々に語る彼女に、大きな尊敬を覚えました。

最後に…

以上、6つのTEDトークをご紹介しました!

難民関連では他にもまだたくさんのトークがあるので、ぜひ自分の好きなトークを探してみてください。

今後もTEDトーク関連の記事を執筆していこうと思います。

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